”気になるあいつ”は誰なのか? 「モテないし勝利する」と田村ゆりの感情

 

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 ありがとう谷川ニコ……スクエアエニックス……日本を支える労働者達……母なる自然……果てしなきソラ……。

 

 喪151「モテないし勝利する」は全ゆりもこ読者に福音をもたらしました。原典がすべてを描ききってるので、ここからはただの蛇足記事です。要するに「田村ゆりは何に勝ったのか?」

 扉絵から飛ばしてます。「私の中の気にあるあいつ」でゆりもこ大勝利を確信。でももこっちって今更”気になるあいつ”とか呼ぶ関係じゃないじゃん。担当わたモテエアプか?

 そのまま流れるようなネモの煽り。陽キャ特有のウザ絡み。ここ重要。まるでやる気のなさそうだったゆりちゃんが卓球の練習を頼んだのは、前回から続くこの執拗な煽りの影響も大きいはず。ネモの行動が図らずも最高のゆりもこを導く。喪97「モテないし学食で食べる」でゆりちゃんが学食を断ったことが、ネモクロルート突入のきっかけになったのを思い出します。青春群像劇となったわたモテの醍醐味。

 

 触れたいシーンは無数にあれど、余白がいくらあっても足りないので後半へ。(漫画喫茶の説明にこの大ゴマ要る?)

  

 ご休憩!?ベッド!?二人でエロい気分!!??セックス!!!!!  ついに一線を越えたゆりもこ。おめでとう…。ここで重要なのは(全コマ重要だが?)やはり「大勢になったら漫画とか読みづらいな…」からの愛に満ち溢れた笑顔。これはゆりもこに訪れた一つの「決着」。

 ここで田村ゆりから見た黒木智子との関係を振り返ってみると、

  • ↓①本当バカだよな…(喪82)
  • ↓②無理して話さなくていいから楽だけど黒木さんはどう思ってるんだろ…(喪112)
  • ↓③修学旅行で初日はもう一人同じクラスの吉田さんって人と周ったんだよね 伏見で山に登って黒木さん足くじいて吉田さんがおぶって頂上まで登ったんだよね 3日目の自由行動で真子も一緒になって嵐山行って…… あの時黒木さんが案内した店もまたマズかったね 帰りの新幹線で吉田さんと黒木さん寝てて寝ボケた黒木さんが吉田さんの胸またさわって…(喪124)
  • ↓④私の名前「ねぇ」じゃないけど?(喪126)
  • ↓⑤馬鹿だな…(喪130)
  • ↓⑥智子が馬鹿だからもういいよ(喪144)
  •  ⑦セックス(喪151)

 

 バレンタインは一度も返したことのない常識人(?)だったゆりちゃんが、マウントレディに覚醒めたきっかけは②から③。成り行きで関わった黒木さんへ徐々に生まれる愛着。「黒木さんは私をどう思ってるのか」の答えが分からないまま、もこっちの周りは賑やかに。打ち上げ回で描かれたのは、「私は替えの効くクラスメイトの一人だったんじゃ」という不安。原作初期ぼっちギャグより心に刺さるオタクも多い…?

  自分から会いに行くという選択肢を取れないのがゆりちゃイズム

 

 この悩みは「モテないし友達の関係」で「黒木さん名前で呼んでくれない問題」と合流。遠足編でのネモへの嫉妬に繋がります。最高潮へ達した怒りは「モテないし乗る」で一旦収まるも、ここから単行本2巻に渡り情緒不安定マウント期(ある意味ではわたモテ全盛期)到来です。
 ここで目をつけたいのは、ゆりちゃん暴走が継続しながらもネモの存在は受け入れられたこと。「嫌いじゃない 好きでもないけど」というそっけない本音に、拒絶ではない不思議な距離感が見て取れます。

 うっちー組の前でわざわざ外した耳を、ネモ相手に外さなかった意味

 

 「黒木さんを取り巻く人間関係」を認めながらも、呼び名(そして黒木さんは私をどう思ってるのか)問題は持ち越されたゆりちゃん。学食編で繰り広げられるマウントの暴力。もう人間に戻れないのか…?誰もが諦める中でもこっちの「ゆ、ゆりちゃ…」が闇からすくい上げ、ゆりちゃんは(比較的)笑顔を取り戻したのでした。大団円。

 

 だが君たちには一つ、致命的な見落としがあった。

 ここまでもこっちは、あらゆる形でゆりちゃんを満たしてきました。三牛士、GOTH、そしてゆりちゃ。しかしすべての始まりは「無理して話さなくていいから楽だけど黒木さんはどう思ってるんだろ…」でした。ここで求められているのは共感。真子っちは親友で、吉田さんも大切な人。ゆりちゃんは4人の絆に強くこだわりますが、この中で「私と同じ」という繋がりは陰キャの智子にしか抱けないもの。

 

 「同じだったら嬉しい」という願いが、「同じだったはずなのに」という怒りを生み出し、「同じじゃなくても友達でいられる」という成長と妥協に辿り着く。最新話の「根元さんとか加藤さん成瀬さんも呼んでいいけど」に込められた受容と投げやりさ。

 「でも大勢になったら漫画とか読みづらいな…」一億点!!!!!こういうタイミングを逃さずクリティカルヒットを差し込むのが蠱惑の力。「私と違う」智子の人間関係のあり方を受け入れたゆりちゃんにもたらされたのは、「何もせずぼーっと二人で過ごす時間」を尊ぶ言葉。始まりの願いは、ここで果たされました。

 

 この先の原作で二人の間に何が起きるかは誰にも分かりません。揃って青学に進学しルームシェアを始めるも二人で昼まで寝てしまい単位を落とす日々になるのか。それとも冷蔵庫のコーヒー牛乳を勝手に飲んでしまい怒らせてしまうような日々になるのか。あるいは深夜出てきたゴキブリを怖がるゆりちゃんがもこっちのベッドに潜り込むような日々になるのか。いずれにせよ、あのバレンタインから始まったゆりもこが一つの決着を迎え、そして新たな物語がここから始まることを祝福する他ありません。

 

 さて、ここまで完璧に美しい結末が訪れたにもかかわらず、恐ろしきことにこの回はさらなる場面転換があります。「私も智子とやったことあるよ 楽しかった」

 いつも通りのようで大きな違い。こんな晴れやかな笑顔でマウント取る子がかつていたでしょうか。だってそのはず。これは「ゆりもこ」に決着がついた以降のマウント。ゆうちゃんやネモへ割り込み、嫉妬や疎外感をぶつけていた頃とは違うのだから。では、このマウント2.0はどんな感情で放たれたのでしょう。

 

 ここで冒頭に繋がります。このエピソードはネモに煽られて放課後出掛け、ネモの煽りへ反撃するオチ。そしてネモの煽りに、もこっちの存在が何も関わっていない。もこっちを巡るわだかまりが解消されているので、ここにただ純粋にネモとゆりちゃんが向き合う構図が生まれています。マウントの内容こそ智子仲良しですが、この満面の笑顔はネモへ向けられたもの。笑顔を失う前の初期ゆりちゃんでも、こんな表情を誰かに見せたことはほぼなかったはず。

 

 この回は「モテないし勝利する」。「勝利」が意味するものはダーツからカップルまで様々ありました。そして「ネモのアタックにゆりちゃんが(本人の中では)勝利した」こそが、エピソードの主軸を成しています。これがどれほど恐ろしい手腕か、みなさんはお分かりでしょう。

 黒木智子と田村ゆりが智子とゆりちゃんになるまでの物語は、12巻から続きこの作品を引っ張る大きな主軸でした。喪151は一つの物語が完結する記念すべき瞬間です。こんな火力の高いエピソードを、あろうことか「ゆりネモ」という主人公を飛び越した関係性を描くため纏めあげている。一流の寿司職人が人生を賭けた勝負で最高級の伊勢エビを使いカリフォルニアロールを巻くような、あまりにも贅沢で大胆不敵な構成。さて、ゆりちゃんと智子の関係にしては少し不自然な表現だった”私の中の気になるあいつ”は、一体誰のことを指していたのでしょうか。

 一話ごとに新たな関係性が拓かれまだ見ぬ境地が描かれるわたモテが今後どうなっていくのか。ますます目を離せなくなりそうです。